仕事帰りに買った一本を、部屋で開ける。
誰かと乾杯するためではない。飲み会の空気に合わせるためでもない。靴を脱いで、仕事用の顔を外して、ようやく自分の速度に戻るための一杯だ。【酒と恋には酔って然るべき】の松子は、そんな夜を自分の手で作る32歳のOLである。
松子は日本酒が好きだ。冷蔵庫から酒を出し、肴を用意し、グラスを傾ける。そこにあるのは、きれいに整えられた晩酌というより、働いた日の体温がまだ残っている部屋の風景だ。職場で張っていた肩の重さがあり、ひと口飲んだあとにふっと戻ってくる年下の今泉の言葉がある。
今泉は、松子に分かりやすい答えをくれない。職場では淡々としていて、距離があるように見えるのに、酒の席では普段と違う隙がこぼれる。素っ気ないのに近い。近いのに、肝心なところでは掴ませない。
松子が32歳だから、その距離は簡単に笑って流せない。相手は職場の後輩で、年下で、明日も顔を合わせる人だ。好きかもしれないと思っても、会社ではいつもの顔をしなければならない。甘いのか辛いのか分からないのは、日本酒より今泉の態度の方だったりする。
それでも松子の夜は、今泉だけで埋まらない。返事を待つだけの夜にせず、松子は自分で酒を選ぶ。疲れている夜にはその夜の一本を、浮かれている夜にはその夜の肴を。恋に揺れても、仕事で疲れても、今日飲む一杯を自分で決める。
グラスを置いたあとに残るのは、酒の余韻だけではない。今泉の言葉や、松子が一人で過ごす部屋の静けさまで、あとから少しずつ効いてくる。
作品はどんな話?ネタバレなしあらすじ
松子は32歳のOL。仕事帰りに日本酒を買い、家で飲む時間を大事にしている。
恋人のいない生活にも慣れてきた。ひとりの夜には、ひとりの夜なりの気楽さがある。好きな酒を買って、肴を合わせて、誰にも気を使わずに飲む。そうやって仕事で張っていた気持ちを、家に持ち込みすぎずに済ませている。
けれど、恋をしたくないわけではない。
そんな松子の調子を少し狂わせるのが、会社の年下男子・今泉だ。普段はクールで、何を考えているのか分かりにくい。無表情のまま投げられた一言が、仕事のあとまで残ってしまう。
酒の席になると、今泉は職場とは違う顔を少しだけ見せる。無表情のまま距離を詰めてくるようなところがあり、酔いが回ると、普段は隠れている可愛げがこぼれる。松子は、その少しの変化を見逃せなくなる。
これは脈ありなのか。単に酔っているだけなのか。自分が年上だから意識しすぎているのか。その迷いは、帰宅後のグラスの前までついてくる。
今日はどの日本酒を開けるか。どんな肴を合わせるか。疲れている夜と、浮かれている夜では、開けたい一本も変わる。グラスの中には、酒だけでなく、その日の松子が少し混ざっている。
【酒と恋には酔って然るべき】は、日本酒好きの松子の夜に、会社の年下男子・今泉への気持ちが少しずつ入り込んでくる漫画だ。松子は、今泉のことで揺れた夜にも酒を選ぶ。恋の返事を待つだけではなく、その日の自分に合う一杯を探す。
一口飲んで、肩の力が少し抜ける。そこでようやく、昼間に引っかかった今泉の言葉を、真正面からではなく少し横から眺められる。
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基本情報
作者:はるこ
原案協力:江口まゆみ
掲載:月刊エレガンスイブ
出版社:秋田書店
レーベル:A.L.C.DX
巻数:既刊13巻
状態:連載中
ジャンル:女性漫画、恋愛漫画、グルメ漫画、社会人恋愛、日本酒漫画
【酒と恋には酔って然るべき】は、日本酒を楽しむ松子の仕事帰りに、職場の年下男子・今泉への気持ちが混ざっていく漫画だ。
松子は32歳。仕事を終えたあと、自分のために日本酒を開けるOLである。一人で飲む夜に慣れていた松子が、いつの間にか今泉の言葉をグラスの前まで持ち帰るようになる。
松子が酒を選ぶ夜には、今泉の言葉も一緒についてくる。疲れた日はすっと飲める酒がほしくなる。今泉の態度に浮かされた日は、少し香りの立つ一本を選びたくなる。肴を選ぶ手つきにも、仕事で固まった気持ちや、今泉の態度を思い返す間が残る。
今泉との距離は、急には縮まらない。職場で一言交わし、酒の席で少し近づき、帰宅後に松子がまたその意味を考える。今泉の一言が、翌日の仕事中にも、帰宅後の晩酌にも残る。松子の生活が恋に壊されるのではなく、いつもの夜の中に今泉の気配が少しずつ増えていく。
銘柄の名前を読んでいるはずなのに、気づくと松子の部屋の冷蔵庫や、小皿に出した肴の方が目に残っている。
作品の構造
世界観
松子は会社でいつもの顔をして、家に帰ると日本酒を開ける。
会社では、今泉の一言に引っかかっても、松子は仕事中の顔を崩さない。職場の空気があり、年齢差があり、後輩という立場がある。気になっていることを顔に出せば、明日の職場まで気まずさを持ち越してしまう。
家のドアを閉めると、ようやく誰にも合わせなくていい時間になる。日本酒を選び、肴を用意し、ひとりで飲む。仕事で張った肩をゆるめる日もある。今泉の言葉を何度も思い返しながら、ちびちび飲む夜もある。
松子は、酒を開けるところからその日の自分に戻っていく。冷やすか、温めるか。何をつまむか。選ぶたびに、仕事で張っていた体が少しずつほどけていく。
銘柄の説明が出てきても、そこだけが前に出すぎない。松子がその酒を選ぶ理由が、ちゃんと夜の空気の中にある。グラスを持つ場面には、日本酒の味だけではなく、その日職場で飲み込んだ言葉も残っている。
酒の紹介を読んでいたはずなのに、気づくと松子がその日どんな顔で帰ってきたのかを見ている。
物語の進み方
職場で今泉に少し乱され、家に帰って酒を開ける。その往復で、松子の気持ちは少しずつ変わっていく。
今泉は、松子に分かりやすい答えをくれない。職場ではクールで、感情を大きく見せない。けれど二人で飲むと、少し違う顔を見せる。酒が入ると、普段より少し近く、言葉も柔らかくなる。職場では隠れている可愛げが、ふっとこぼれる。
だから松子は、職場で見た今泉の顔を、帰宅後まで持ち帰ってしまう。今泉の態度に意味はあるのか。自分だけが意識しているのか。年上として落ち着いていたいのに、相手の一言を思い返してしまう。職場で会えば平気な顔をして、家に帰ってからまた考える。
この恋は、一気に燃え上がるより、酒の酔いみたいにあとから回ってくる。告白や事件で一気に進むより、職場で交わした一言や、飲みの帰り道の空気が残る。昨日まではただの後輩だったはずなのに、次の晩酌では、今泉の一言が酒の味より先に浮かんでくる。
遅いのではなく、松子は簡単に踏み出せない。相手は年下で、後輩で、明日も同じ職場にいる。だから、はっきりした告白よりも、飲みの帰り道に残った沈黙の方が、松子の夜に長く残る。
作品テーマ
今泉のことを考えない夜も、松子にはある。
冷蔵庫の中の一本を選び、肴を小皿に出し、ひとりで飲む。誰かの返事を待つだけではない時間が、松子の部屋には残っている。今泉のことで落ち着かない夜にも、松子は酒を選び、肴を出す。グラスを持つ時間まで、今泉に明け渡してしまうわけではない。
今泉のことを忘れて、ただ酒と肴の組み合わせに夢中になる夜もある。そこへ、ときどき今泉の言葉が混ざる。楽しく飲んでいたはずなのに、ふとあの表情を思い出してしまう。
日本酒も、今泉への気持ちも、すぐに答えが出るものではない。銘柄を知るほど楽しい。でも、正解を当てるために飲んでいるわけではない。松子はその日の自分に合う酒を探している。
今泉への気持ちも、甘口か辛口かのように簡単には分けられない。
味わって、迷って、少し酔って、また考える。飲み終わったあとも、酒の余韻と一緒に、今泉の言葉が少し残っている。
この作品が刺さる理由3つ
ひとり酒の時間に、仕事終わりの体温が残っている
松子の晩酌には、雑誌の写真みたいな整い方ではなく、仕事帰りの体の重さがある。
銘柄を知っていても、松子は知識を見せるために飲まない。飲む前にあるのは、仕事を終えて帰ってきた体の重さだ。冷やでいくか、温めるか。肴を軽くするか、しっかり食べるか。その選び方に、松子の疲れ方が出る。
読み終えたあと、銘柄の名前と同じくらい、松子の部屋の空気が残る。誰かと予定を合わせなくてもいい。無理に明るく振る舞わなくてもいい。好きな酒を開けて、好きな肴を並べて、仕事用の顔を外して、ようやく自分の速度に戻っていく。
予定のない夜を、松子は空白にしない。一本選んで、小皿を出して、自分のために夜を使う。その時間があるから、今泉の態度に揺れた夜も、ただ返事を待つだけでは終わらない。
今泉との距離が、甘いのに読みにくい
今泉は、分かりやすく甘やかしてくれる年下男子ではない。
普段はクールで、感情が見えにくい。職場では淡々としている。だから松子も、簡単には踏み込めない。年下で、後輩で、会社で毎日顔を合わせる相手。気になるからといって、勢いだけで動くには引っかかるものが多い。
けれど、酒の席では少し違う。今泉は距離を詰めてくる。普段より柔らかい顔を見せる。酔った時の可愛げもある。松子はそこに揺れる。あれは本音なのか。酔っていただけなのか。自分が期待しすぎているのか。
今泉が少し近づいたあと、すぐに答えをくれないから、松子は家に帰ってからもその態度を思い返す。甘い場面があっても、すぐに安心できない。今泉の態度が軽いのか、奥に何かあるのか分からない。松子は、分かっていても考えてしまう。
答えが出ないまま帰ってきた夜ほど、松子はグラスの前で今泉の顔を思い返してしまう。
日本酒を知るほど、松子の夜が少し楽しく見えてくる
ページをめくるたび、飲んでみたくなる日本酒が出てくる。
けれど、酒の名前だけが前に出るわけではない。その酒を開ける松子が、どんな夜を過ごしているのかまで一緒に見えてくる。疲れた夜、浮かれた夜、恋のことで落ち着かない夜。酒の選び方に、その時の松子が出る。
日本酒に詳しくなくても、松子が飲む顔を見ていると、味の方から気になってくる。この酒はどんな味なのか。どんな肴と合わせるのか。冷やすのか、温めるのか。読んでいるうちに、日本酒が少し身近になる。
うんちくが先に来ない。おいしそうに飲む松子がいて、その後ろから酒の名前や飲み方が入ってくる。読み終えたあと、いつもの晩酌に一本足したくなる。
向き不向き
合わない人
・恋愛に大きな事件や激しい三角関係を求める人。
・日本酒や晩酌の描写にあまり興味がない人。
・年下男子に振り回される恋愛が苦手な人。
・職場恋愛のゆっくりした距離感が合わない人。
・晩酌描写より恋の進展だけを追いたい人。
刺さる人
・仕事終わりの晩酌描写が好きな人。
・日本酒を題材にした恋愛漫画を読みたい人。
・30代女性の恋と生活が混ざる漫画に惹かれる人。
・年下男子との読みにくい距離感が好きな人。
・恋も酒も、仕事帰りの生活ごと味わう漫画を読みたい人。
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まとめ
【酒と恋には酔って然るべき】を読むと、松子の仕事帰りの部屋が見えてくる。
松子は、仕事を終えたあと、自分のために日本酒を開ける。グラスの前には、仕事の疲れも、今泉の言葉も、ひとりで飲める気楽さも置かれている。今泉のことで頭がいっぱいになりそうな夜にも、松子は酒を選ぶ手を止めない。
そこに、今泉が入ってくる。今泉はクールで読みにくいのに、酒の席ではふいに可愛げを見せる。近いのか遠いのか分からない態度に、松子は揺れる。年下で、後輩で、職場の相手だからこそ、簡単に踏み込めない。
だからこの漫画の恋は、派手に燃えるより、じわじわ酔いが回るように効いてくる。
日本酒の銘柄や肴の描写だけでも十分に楽しい。でも最後に残るのは、松子がその夜に飲む一杯を自分で選んでいる姿だ。恋に悩んでも、仕事で疲れても、今日飲む一杯を自分で選ぶ。
次に松子がどの酒を開けるのか、その夜に今泉の言葉が残っているのか。そこまで気になって、もう一話読みたくなる。
仕事終わりの部屋で、グラスに注いだ日本酒を前に、松子が少しだけ息をつく。
その夜の静けさまでおいしそうに見える漫画だ。
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